家族は手枷足枷だったよね・・・

明日父が退院します。

約2ヶ月ぶりに帰宅することになります。

 

父が元気な時は、

老人ボケの父と天然ボケの私で

コントのような每日を送っていました。

お互い適度に無関心で

自分の生活を大切にしていました。

 

でも今回の父の入院で私は改めて

「家族」について考えました。

 

ごく最近まで私にとって

家族は手枷であり足枷でした。

私を縛るもの以外の

何ものでもありませんでした。

 

父と気楽にお互い程よく

無関心に暮らしていた時は、

自分のやりたいことに夢中で、

家族が自分の生きづらさの

根源であったことを忘れていました。

 

6月末に父が腰痛を訴えて倒れ、

介護を必要とするようになると、

否応なく、家族について

考えさせられました。

 

私が家族を桎梏に感じる

最大の要因は父方の祖母の存在です。

裕福な一族の貧乏な一員だった

気位ばかり高くて頑固な祖母にとっては、

自分の一族の「しきたり」が全てでした。

祖母自身の幸せや家族の幸せよりも

一族の「しきたり」を大事にしていました。

価値観が合わない家族は、

力で無理やり押し伏せました。

祖母以外は温和な私の家族は、

みんな祖母のいいなりでした。

 

そんなややこしい家に

嫁に来た母は大変でした。

母は忍耐強い人だったので、

祖母に振り回されてもじっと耐えていました。

 

私が祖母や母の顔色ばかり

見る子どもになったのは、

祖母に横車を押されても

いつもじっと我慢している母の姿を

幼い頃から見続けていたからなのだと

思います。

 

父は真面目で温和な人柄ですが、

祖母には全く頭が上がらず、

祖母の言いなりだったことは、

子どもの私にもよくわかりました。

私はそんな父を心の底でずっと

「ずるい」と思っていました。

 

母はあまりオープンな性格ではなく、

愚痴を言える親しい友だちもいないからか、

よく私に八つ当たりをして

鬱憤ばらしをしていました。

 

母はいつも不機嫌で、

私の顔をみるといつも叱りました。

度々、小突かれたり、つねられたり、

叩かれたりしました。

でも幼く無力だった私には

どうすることも出来ませんでした。

 

母は「ええかっこしい」だったので、

他人様の前では綺麗で優しい女性でした。

母が亡くなった時、

従兄弟姉妹(いとこ)たちは、

「おばちゃんはいつも優しくて、

怒った顔を見たことがなかった」

と言って泣いていましたが、

幼い頃、私は母の不機嫌な顔しか

見たことがありませんでした。

 

「父がもっとしっかりしてくれたら!」

「母や私の味方をしてくれたら!」

といつも腹立たしく感じていました。

 

上辺はおとなしいいい子の顔をしながら、

私はこんなややこしい家族から

逃げたいといつも思っていました。

「私は大人になっても結婚なんかしないし、

子どもなんていらない。

絶対に家族なんて持たいない!」

と強く思っていました。

 

ところが皮肉なことに

私は結婚した34才まで

実家で家族と暮らしていました。

10年ほど両親と別居しましたが、

母がパーキンソン病で倒れ、

また両親と同居するようになりました。

複雑な気持ちで釈然としませんでした。

 

母の介護のために同居したのですが、

母は同居して1年ちょっとで

亡くなってしまいました。

母の死後、2年ほど経った時、

今度は夫が突然に亡くなりました。

それから9年間、

父と二人で暮らして来ました。

 

父が入院するまで、

父とじっくり話すことはありませんでした。

でも父の入院中は

よく父と話し父の本音を聞きました。

私も父に自分の率直な気持ちを話せました。

 

父にとっても

祖母は父の気持ちをわかってくれない

頑固で厳しい母だったようです。

入院中、父から度々

そのような話しを聞きました。

 

「オトーチャンがお祖母ちゃんに

しっかり言ってくれへんから、

お母ちゃんが大変やったよ」

と私が言うと、

 

「そうやな、ややこしい家に嫁に来て

苦労させた。

いろいろ辛抱させて可愛そうなことをした」

 

父からそのような率直な言葉を聞いたのは

初めてでした。

 

私が我慢強い子どもであったことを

父が自慢するので、

母に度々叩かれたことを父に話すと

父は驚いていました。

 

「そんなことがあったんか!?

そやけど、うちの子は二人とも

ええ子に育ってくれたと思ってるで」

 

父は入院中に認知症が進んで

子どものように素直になって

一層優しい性格になりました。

以前は、私が家族の問題を話すと

父は逃げてばかりでしたが、

今は素直に私の話しを聞いてくれるように

なりました。

 

私は執念深く根に持ちながら

上辺だけ我慢している自分の性格が

とても嫌いです。

とてもしんどい性格でもあります。

そうなったのは

無理からぬ経過があったのですが。

 

親に執念深く恨みを持ち続けることは、

本当にしんどいことでした。

 

「可愛そうなことをした」

「そうやったんか」

 

攻撃的にならずに父に本音を言って、

父から素直な言葉を聞くと、

とてもホッとしました。

 

祖母も諸悪の根源のように書いていますが、

苦労の多い人でした。

肉親の情もあります。

まして、父にとっては母親です。

母親と妻の間に立って

父も大変だったのでしょう。

逃げるしかなかったのかも知れないです。

 

私の家族は父と弟だけです。

でも、もう手枷足枷には感じません。

優しい父、頼りになる弟を

大事にしたいと思うようになりました。

 

もう我慢しない。

心の底では執念深く根に持ちながら

我慢強いいい子のフリをすることを

やめることが出来た今そう思います。

 

*----------*

*鬱・夫の死を克服した作家&

インナーチャイルドカードセラピスト

村川久夢(むらかわ くむ)

*----------*

「村川久夢ホームページ」

<ホームページ>

セッションのお申込みは下記フォームから

<お申込みフォーム>

村川久夢作品のページはこちら

<村川久夢作品>

セルフマガジンのお申込みはこちら

<セルフマガジンお申込みフォーム>

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。