愛と自由の玉子かけご飯~しきたりなんかくそくらえ!~

子どもの頃、夏休みの一番の楽しみは

滋賀県にある母方の祖父母の家に

泊りがけで遊びに行くことだった。

 

当時、私たち一家は

父方の祖父母と同居していた。

裕福な一族の貧乏な一家に生まれた

父方の祖母は

裕福な一族の出身であるというプライドと

一族のしきたりだけにすがって生きていた。

 

祖母は腕のいい髪結いで、

明治の女性には珍しく経済力があった。

そして家事全般にも長けていた。

誇り高くパワフルな祖母は、

一家の支配者だった。

幼かった私は祖母の

生きた着せ替え人形だった。

 

何一つ自由にさせてもらえなかった

当時の私にとって、

夏休みに田舎の祖父母の家に滞在する

僅かな時間が、

人形から普通の子になれる時間だった。

 

母の実家は琵琶湖畔の干拓地にあった。

私が子どもの頃、祖父母の家の周りは

一面に田んぼが広がっていた。

家の外に出ると琵琶湖の松林を

遠くに見ることが出来た。

 

私は優しい母方の祖母が

大好きだった。

優しい母方の祖母が

作ってくれる朝ごはんは、

私の夏休み一大イベントの

必須アイテムだった。

 

干拓の家に泊まり、

私が、朝、目を覚ますと、

台所から美味しそうな香りが漂っていた。

 

祖母はへっついさんで江州米を炊き、

その日の朝、自分の畑で収穫した野菜で

味噌汁を作ってくれた。

 

味噌も祖母が作った自慢の味噌だった。

その他にも、糠漬け、梅干し、らっきょ、

生姜、粕漬けのお漬物等、

全て祖母の手作りだった。

でも子どもだった私ととっては、

玉子かけご飯が何よりの楽しみだった。

 

祖母は、私や弟が玉子かけご飯を

楽しみにしていることを知っていたので、

朝早くから知り合いの農家に行き、

その家の中庭で飼われている

鶏の玉子を買って来てくれた。

今で言う平飼い玉子だ。

 

祖母がお釜で炊いてくれたご飯は、

ピカピカに光って香りもよく、

平飼い玉子は黄身がぷっくりと盛り上がり、

綺麗な黄色をしていた。

少し醤油を加えてかき混ぜ、

ご飯にかけて食べると、

本当に美味しくて嬉しかったのを

今でも鮮やかに覚えている。

 

祖母が心を込めて作ってくれた朝ごはんは

特別なもの高価なものは何もなかった。

 

でも祖母が竃さんで炊いてくれたご飯、

無農薬で育てた野菜、

丹精込めて作った味噌や保存食、

早朝から買いに行ってくれた平飼い玉子、

そのどれにも

「美味しく食べさせてあげたい」

という祖母の思いがこもっていた。

 

貧しい農家の長女として生まれた

母方の祖母は弟や妹の世話、

家事や野良の手伝いに追われ

義務教育すらまともに受けていない。

 

それでも情愛深く、

無欲で信仰心が深かった。

教育は受けていなかったが賢く、

働き者でとても器用だった。

日々の生活に満足し、

神仏への感謝を忘れなかった。

 

優しい仏様のような母方の祖母は、

家族だけでなく周りの人たちからも

慕われ好かれていた。

 

一緒に暮らしていた父方の祖母は、

裕福な一族のプライドとしきたりを

幼い私にも押し付けた。

例えば朝ごはん一つとってもそうであった。

 

一族のしきたりが、

「朝は漬物でお茶漬け」であると、

父方の祖母はそれを貫徹して、

朝から干物や玉子やみそ汁など、

漬物以外の副菜を食べることを

「絶対に」許さなかった。

 

理由はない。

そういう「しきたり」だからだ。

絶対に誰の意見にも耳をかさなかった。

 

父方の祖母と一緒にいることは、

理不尽なしきたりを押し付けられ、

祖母のプライドに支配されることだった。

毎朝食べる漬物とお茶漬けの朝ごはんは、

その象徴だった。

 

情愛の豊かな母方の祖母は、

子どもや周りの人の喜ぶ顔を見ることが、

彼女にとっての何よりの喜びだった。

 

私は母方の祖母のそばにいると、

心からのびのび出来た。

しきたりとも束縛とも無縁だった。

 

母方の祖母は、遊びに来た孫娘が、

喜んで玉子かけごはんやみそ汁を

食べる姿を優しい笑顔で眺めていた。

 

朝ごはんに象徴される

対照的な二人の祖母の姿が思い出される。

ともに明治、大正、昭和の激動の時代を

懸命に生きた女性だ。

 

玉子かけごはんを思い出しながら、

プライドやしきたりにすがって生きることが

どんなに不幸なことであるのか、

人を苦しめるのかを思わずにいられない。

父方の祖母の干渉と支配は、

後々まで私を束縛し苦しめ続けた。

 

母方の祖母の玉子かけごはんは、

生きた着せ替え人形だった私にとっての、

自由と愛の象徴だったのだと思う。

 

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*鬱・夫の死を克服した作家&

インナーチャイルドカードセラピスト

村川久夢(むらかわ くむ)

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