京都人は付き合いにくい~京都の内外文化~

「京都人はつきあいにくい!」

とよく言われる。

 

「本音と建前」「内と外」があって

何を考えているのかよくわからない。

陰で悪口を言われているようで怖い。

落語で言うと「京のぶぶ漬け」だろうか。

 

確かに京都人は「内と外」を

はっきりと分けていると思う。

 

例えばご近所づきあいでいうと、

そこそこ親しくしているご近所さんでも

用事はほとんど玄関先ですませて、

家に上がってもらうことはほとんどない。

実家にいた時もそうだったし、

現在もそうだ。

 

これは心を開かない、

打ちとけずに水臭いとも見える。

 

私も独身のころは、

京都の「内と外」が嫌いだった。

「もっとオープンになったらええのに」

と思っていた。

 

なので福井出身の夫と結婚した時は、

素朴でストレートな土地柄に好感を持った。

 

ところが結婚して初めて

お盆に夫の実家に帰省した時、

私はちょっとしたカルチャーショックを

受けたのだ。

 

夫の実家に泊まって朝目を覚まし、

顔を洗いに洗面所に行こうと、

台所を横切ると近所の人がいるのだ!

7時前だっただろうか。

 

顔も知らないその人は言った。

「この人が3番目の息子さんの嫁さんやろ。

学校の先生しとんのやろ?

昨日の3時頃、

息子さんと車で帰って来なはったやろ?」

 

そしてその人は、

いきなり冷蔵庫の扉を開けて、

「鶏肉が悪くなってしまうで早くたべんと」

と言った。

夫の兄は驚きもせずに、

「そやな」とだけ言った。

 

私の頭の中は「?」でいっぱいになった。

 

その後、夫の甥の結婚式、

義母の喪儀など冠婚葬祭の度に、

内外なく深くつき合う地域性に接した。

 

正直、私はその「濃さ」に

息がつまりそうになった。

 

京都の水臭くもある「内と外」が

清々しくさえ思えた。

 

どんな文化も一長一短がある。

京都の内外文化にも

福井の深く濃い文化にも。

 

ちなみに亡くなった夫は、

京都の内外文化が大嫌いだった。

 

でも私は年齢を重ねたせいか、

京都の内外文化も適度であれば、

隣人と程よい距離でつき合うことができて

住みやすいと感じるようになった。

 

それは夫と出会って

北陸の文化に接したからだと思っている。

 

新しい文化に出会うことで、

自分の文化の新たな側面に

目覚めるのだろう。

 

京都人の外側の愛想の良さだけでなく、

京都人のつきあいにくさに出会う時、

あなたはご自分の地域の文化の

新たな面に気づかれるのではないかと思う。

 

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*鬱・夫の死を克服した作家&

インナーチャイルドカードセラピスト

村川久夢(むらかわ くむ)

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